topimage

2011-12

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ハネムーンクルーズ日記11(五日目・ギリシャ/ロードス島) - 2011.12.30 Fri

いかにもハネムーンといった素敵島を後にして、
次の日に訪れたのはロドス島です。




ロードス島とも言われます。
ロドスでもロードスでもいいらしいんですが、あいにく語尾に<戦記>はつきません。
それだと日本産のあの有名なファンタジー物語になってしまいます。
あっちとこっちは一切関係が無いのでお気をつけを。




あっちは竜と魔法とエルフの話。
こっちは剣と十字軍と騎士団の島です。




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……現実の世界設定ですらもファンタジー臭いってどういうこっちゃ。





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騎士の町なわけなんで、町の外は高い城壁で囲われています。
そしてその城壁の外の砂浜で、朝から凄いテンションで戯れている野良犬集団を発見。



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今までの町では人に興味のない野良猫ばかり見ていましたが、
どうやらこの島には野良犬も結構いる様子。


チャキチャキの犬好きである私ですが、とはいえ首輪も何もついていない野生育ちのワンワンが大群で暴れていたら、流石にたじろぐ。
うっかりあのテンションでこちらに向かわれたら、多分ぱっくりいかれるかしら。
とか何とか考えていましたが、どうやら彼ら、今までの野良と同じく一切人間に構おうとしない。
うむ。よかった。だがそれはそれで悲しい。



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犬が私に構ってくれないので、仕方ないから城壁の中へ入ってみました。



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遠くは新石器時代から人々が住み着き、前回話したサントリーニ島近辺で盛んだったミノア文明の人々も住んでいた由緒正しきロードス島。
とはいえ石器時代やらの面影は、当然とは言え見る影もありません。
世界的に有名で、「世界の七不思議」の一つにも数えられるアポロの巨像(紀元前300年頃に建っていたとされている「自由の女神級」のでかさの巨像)も、今や影も形もありません。



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残っているのは朽ち果てかけたアテネ神殿やら、その他ギリシャ神話系のモニュメント、の跡。


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それとこのロドス騎士団(聖ヨハネ騎士団)たちが住むために建てた勇ましい中世風住居たちです。


世界遺産にもなってる町の中は流石に綺麗で見ごたえがあり、
しかも今までの町と違う要塞風の造が中々厳しいです。


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ひろーーい。

堀のような跡に高い城壁、台場や砲台とかまであったりして…、
あれ、なんだろう。なんだか凄く、日本っぽい。
ともすれば名古屋城あたりに遊びに来ている感覚がある。
なんでだろう不思議。


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と思って城の周りを回っているうちに、なんとなく分かってきた。
今までイタリアとかで見てきた城壁たちは、生活区域を護るために街を囲む『城壁都市』だったわけですが、
今回のこの街は、歴史的に見れば最初に住民ありきではなく、
いわば騎士団たちの遠征先の駐屯地。

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しかしずいぶんとまあ駐屯してたもんだ(1309年~1522年)。


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ともあれ、言わばここは砦。つまり戦闘拠点なのです。
日本ではどうやらヨーロッパ式の城壁都市は流行らなかったため、城壁と言えばこっちのタイプの方が見慣れているのです。


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撃てーい。

いやあまさかロードス島で皇居感を味わうとは思わなかった。
不思議な事もあるもんだ。


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そんな感じでフラフラ街歩きしていたら、お昼。
今回は特に前情報を持ち合わせていなかったので、とりあえず一番栄えている広場みたいなところに来て見る。
すると各店のほうぼうから、果ては二階のバルコニーから身を乗り出しながら、その店一のイケメンと思わしき男たちが、あれやこれやと観光客にモーションを掛け捲る。
そのあまりにあけっぴろげ過ぎる客引き合戦はいっそすがすがしく、
我々もキチンと自分の(というか私だけの)お気に入りのイケメンを探し当てて無事入店。
しかしこの戦法…、野郎のみの観光客相手にはどうすればいいのだろう。



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バルコニーに出てみると、空の青さと黄色い建物の景色が凄く気持ちがいい。


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そして出てきたビールはむちゃくちゃでかい。
ジョッキのでかさがロバ並み。
しかもこれでも確かサイズ小を頼んだはず。

えっ、じゃあ大はどうなってたの?!と周りを見てみたら、
大の大人の手首からヒジぐらいまでのでかさの大型ジョッキになみなみと注がれている、あれがどうやら大らしい。

そしてその大ジョッキを、同じく客船から降りてきたらしき白人のおじ様なぞは、揃って頼んで笑いながら呑んでいる。

いやはや日本人が酒で欧州と張り合おうなんて無茶の極み。
何せオフィシャル飲酒可能年齢が16だったりする国がざらにある(exイタリアは16、ギリシャは15)そんな環境である。
下戸の存在が0パーセントなそんな国である。

その昔、シエナの大学で我々を教えていたパオロ先生は、
「ヨーロッパでは近代まで下水環境が最悪で、不衛生な水よりもワインやビールを常飲してたんだ。
だからきっと、下戸の遺伝子を持ってたヨーロッパ人はその時代で全員滅んじゃったんだよ」

という『ヨーロピアン下戸絶滅説』を熱く唱えていらっしゃいました。




……ま、あくまでも自論ですけど。
でも彼らの酒豪っぷりを見ていると、半ば適当論とも思えなくなってくる。





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そして食べたのはムール貝のギリシャ風リゾット。
ブリブリに大きなムール貝がモリモリに入っていて、貝エキスも盛りだくさん。非常に美味しい一品でした。

ただしもうとんでもなく量が多かったです。

並みの日本人なら多分これで2人前。
日本のレストランで頼んだらこれで3人前と言われそうなほどの大ボリューム。
これはちょっとゴードンに応援を要請したい、と思ったんですが…、



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あっちはあっちで馬鹿でかいステーキと格闘中。


結局、二人して息も絶え絶えに腹に押し込んだ記憶があります。
なんかここ数日昼の料理に腹を膨らませすぎて船での夕食がすんごい小食になってしまっている。
お陰で専属ウェイターさんに「体調悪いのか」と毎日軽く心配されるハメに。


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まあ仮に元気でランチを食べすぎていなくても、そもそも連日連夜フルコースのディナーなぞ食べられないっての。




ps.
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お昼も食べてご満悦で船に戻ろうと城壁の外に出てみると、
朝方砂浜で大騒ぎしていた<チーム野良犬>達が、これまた集団でお昼寝タイムに突入していました。



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寝ても起きても構ってくれない。


いくらこっちが写真を撮ろうともなでようとも、ちっとも起きてくれやしない。
酷い、私はこんなにもみんなに構ってもらいたいのに。



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よーし分かった。そんなに私に構ってくれないんならなぁ。


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そーれカーキコーキカーキコーキ。


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できた。


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どーだ。勝手にハートマークに収めてやったぞ。
「寄り添って眠るラブラブなわんわん」な感じに偽装してやったぞ。
これでこの場を通った他の観光客たちに、「オウ、キュート」
だの「ハウ、スイート」だの言われるがいいさ!!



……と高笑いと共にその場を立ち去り、しばらく歩いて振り向いてみたら、



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すぐに思った以上の人垣ができてびっくりした。
ロードス島に新名所を作ってやったぜ。



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ハネムーンクルーズ日記10(四日目・ギリシャサントリーニ歩き - 2011.12.23 Fri

さて、船に乗ってサントリーニ島までたどりつき、
ロバにまたがってフィラの町までやってきました。

テンダーボートの早い時間に乗ることが出来たお陰で、
たどり着いた町にはまだほとんど観光客がいません。
お店もようやくシャッターを開け始めた頃で、まだ街は静かなまま。




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遅く昇った太陽に照らされたフィラの街は、そりゃあもう美しゅうございました。

崖にへばりつくようにして、真っ白な建物と真っ青な屋根が軒を連ねている。



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上から見ると、崖下の店への入り口はこんな感じ。


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まるでリアルどこでもドアなこのセンスは思わずぐっと来る。


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崖沿いに歩くと全ての景色がコレだけ雄大で、ぼーと眺めながら歩けばいつの間にかフィラの町のはしっこまで歩いてしまっていました。

このまま歩いてもいたいけど、
とりあえず観光客でごった返す前にお土産屋さんを覗いてしまいましょう。


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こちらの写真のように、中央通り(とはいえ日本の感覚で言えば【路地裏】)までくると真っ白×真っ青の建物ばかりじゃなくなるんですが、
こんなハデハデしいカラーリングもまたお洒落。


ちなみに、この島の特産品はレンズ豆と白ワイン。
と言うわけで、ワイナリー(というか現地スーパー)に入って進められるままに白ワインを一本購入。
他にもギリシャ名物(名産)オリーブオイルやオリーブ石鹸などを多数購入しました。
この時寄ったお店は、前評判で「オーナーは現在日本語を勉強中」と聞いていたんですが、
実際会って話してみたら、もう「勉強中」どころじゃない。

『このハンドクリームを使エバ、あなたの肌はたちまち潤いを取り戻す事でしょウ』

と言ったセールストークがよどみなく出てきます。
すごい。
まあその分押しも若干強いですが、とはいえ値段も他のお店と比べても同等でしたし、
彼の商売に対する飽くなき向上心を買う意味でも香辛料入りオリーブオイルを購入。
でも他の石鹸とかはもうちょっと安かった所で買っちゃった。
あとレンズ豆は好きじゃないからパス。

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その後、再び海沿い(というか崖沿い)の道をテクテク歩いてみる。

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繁華街以外は、やっぱり海も空も建物も、全部真っ白と真っ青の世界。

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高台から望む我らの船も大変格好よござます。

エーゲ海には他の海と比べて大きな川も無く、また雨も少ないため潮の流れが干満で、結果透明度も高く、水面が非常に綺麗なんだそうな。
うーん美しい。



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ここの写真の先っぽ辺りまでが、本島であるティラ島。

三日月のような、視力検査の時の「C」のような形をしているこの島ですが、
実は地質学、歴史学の分野においては、昔は周りに点在する小島郡も含めた一つの大きな島であった事が分かっています。
ただし、大きな大きな満月島だったのは相当昔。
紀元前1600年代頃というからもう雰囲気的には神話レベルです。


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その頃のサントリーニ島は、ヨーロッパ最古の文明ともいわれる<ミノア文明(青銅器文明)>が花開き、当時の繁栄を極めていたのですが、
紀元前1628年頃、島のまん真ん中にあった海底火山が大爆発し、それによって起きた陸地の大陥没で陸地の大半が海に沈み、現在のような真ん中がえぐり堕ちた絶壁三日月の形状になった事が判明しています。




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そしてこの歴史的地殻変動が、あの『一夜にして海に沈んだ』とされる幻の理想郷、<アトランティス伝説>の元ネタ、というか実際の現場だったのではと言われています。

また、
この陥没のために起きた大津波…の前触れの強烈な引き波が、
あの十戒でおなじみのモーゼさんの海面割り事件(=エジプトから逃げようと海岸まで来たら海が割れ、海底を歩いて逃げた)
の元ネタ、というか渡れた理由なのではないかという説もあるそうです。



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ま、あくまで説ですけど。



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つまりこの島には古代の神話と歴史とミステリーが全て詰まっているんですよ。
まさにロマンのかたまり。
ヨーロッパ史の神秘。
ギリシャ神話のリアル舞台。


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そんなところで食べる食事も、これまた美味しかったです。
海産物最高。


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また、こちらはこのお店のご主人に
「こいつぁ俺の店のオリジナルだ。うまいから食え!」
と断言されて頼んだ前菜。
多分、マッシュポテトと何かと何かが入った何かだとは思うのですが、
どうにも味が分からないまさに未知のテイスト(ライムを搾っていただきます)。
でも宣言どおり美味しかった。

是非とも中身を知りたい所だったのですが、
ここに来てからというもの、会話がずっと日本から持ってきた会話帳を指しながらのたどたどギリシャ語(カタコロンよりもずっとギリシャ語だらけだった)。
くっそー勉強しておけばよかった。



PS.
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そんなわけで堪能しまくったサントリーニ島ティラ。
もっと居たいのは山々なんですが、悲しいかな出航の時間は待ってくれません。

そこで、帰りもせっかくならということで、
再びロバタクシーに乗ってポックラポックラ揺られてみることにしました。

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これがまさかの地獄の黙示録。
当然ながら帰りは下りなんですけれど、そこで改めて気づかされた、この坂のあまりの急勾配っぷり。

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こんなの慣れないロバに揺られて下るような角度じゃない。
まさに行きはよいよい帰りは怖い。

登りの時は鞍の上でふんぞり返っているだけで良かったのが、
下りではロバさん思いっきり前傾姿勢。
すると当然鞍の上の我々も前傾姿勢。
付けて加えて私は今度もあぶみに足が届いていない。


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まさに地獄のジョーバ15分マッチ。
しかも、もしロバの上から転げ落ちれば、下に待っているのは彼らの糞の山というとんでもない罰ゲーム付き。
もはや必死すぎて行きのような景色を見る余裕も何もない。
いやあ辛かった。

皆さんも、もしロバに乗るときは是非とも上り坂の時をおすすめします。
もしくはあぶみを調節してくれる優しい人のいるところか。



PS2.
せっかくなので、こちらは登りの時の余裕があった時の動画です。
カメラがブレブレなのはロバのせいです。




もう一つ、ロバのしっぽ。ふりふり。



いやあとにかくロバ愛に目覚めた一日だった。



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気づいたらお土産に一匹持って帰る程に。




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ハネムーンクルーズ日記9(四日目・ギリシャサントリーニのロバ) - 2011.12.21 Wed

船上生活4日目。
今日がエーゲ海クルーズのハイライトとしている人も多い事でしょう。

今日の寄港地はギリシャ一のリゾート地。サントリーニ島です。


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ギリシャ語だとΣαντορίνηと書かれるこの島は、
そもそも大小さまざまな島の総称をそう呼ぶだけで、
今回寄航するのは中でも一番大きな三日月形の島、ティラ島です。

そそり立つ絶壁の表面を水平にくりぬいて作られた独特の家々が立ち並ぶこの島の景観はすんばらしく、そのどこにもない見事な美しさで様々な国で紹介されたり映画やCMの舞台になったりしている一大観光スポットです。
そこへ今から向かいます。

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がんばるぞーー。


ちなみにこのティラ島、今までの寄港地と違って島です。
そしてとっても小さいです。
いや、先日のカタコロンも村としてはもんのすごい小さいんですが、
それでも船が横付けできるぐらいの港は存在していました。
しかし今回の島にはこのハイパードスコイ級の大型客船が乗り入れできるだけの港が存在していません。
そのため、船は島の入り口付近で碇を下ろして停滞。
そこに小型ボートが横付けされて乗客をピストン輸送して運ぶ方式です。
そのため8時に下船開始ですが、小さなボートに乗るための整理券が7時ごろに配られます。

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そして番号がアナウンスされたらこんな感じのボートに乗船。
多分40人程度は入れそう。
しかしこんな具合の少人数ずつで総勢3000人を移動させるわけですから、はじめの人と最後の人では二時間程のロスタイムが発生してしまうというのが困りもの。
一応船主催のツアーに参加している人たちは優先的に下船できるため、一分一秒でも長く島に留まりたい人はツアーを申し込んだほうがいいかもしれません。
我々はしなかったけど。


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それでもそれなりに早い時間からテンダーボードに乗れたラッキーな我々。
その後ボートはかなりのスピードでぐる~りと我々の客船の脇を回り込むと…

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見えてきました。
あれがサントリーニのティラ島の入江です。

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近くで見るとこんな感じ。
なんだか想像以上に断崖絶壁の麓と言った感じ。
これは大きな船が陸付けできないわけだ。
写真の左手に見えるのは近年出来上がったとされるロープウェイ。
この麓から絶壁の上にあるティラ島の中心地であるフィラの街まで二分強という短時間で到着できるんだそうです。
動いているロープウェイを見たらかなりの速さ。
これはアトラクションとしても面白そう。

一方

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こちらの映画の中から出てきたようないい感じのじいちゃんが客寄せをしているのは、昔ながらの「ロバタクシー」。
入江の全景を撮った写真でうっすらと見えるかと思いますが、この絶壁の坂をジグザグに這う坂を、ロバにのってぽっくらぽっくら登っていくんだそうです。


ちなみに料金はどちらも同じ6ユーロ(たしか)。
乗車時間は2分対15分。
さあどうしましょう。

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どうしましょうってそりゃロバでしょ。
だってロバ乗れるんですよ。乗って村までたどり着けるんですよ。
しかもそれが六ユーロですとよ。
ピラミッドの前でラクダに乗るんだってすんごいお金がかかるでしょうよ。
多分マザー牧場とかで「ポニーに乗ってぐるりと400メートル」とかしてもこんくらいかかっちゃうでしょうよ。
それを考えたらなんて格安なアクティビティ。
その昔カウボーイに憧れたあの幼き頃の夢がよもやギリシャで叶うなんて。ロバだけど。


というわけで、意気揚々ウキウキしながらおっちゃんの案内するロバ乗り場まで行ってみたら…


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いらっしゃったロバさんこんにちは。

わーい初めて間近でみたロバ。
凄いロバ。

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多いロバ。

…え、これ何頭…いや何十頭いるの?と思わず言葉に詰まるほどの大量のロバさんが、
ロバ乗り場付近でじっと佇んでいました。
それはもうじっとして動かず騒がず。
カルチャーショックだなー、なんかロバってしょっちゅうヒバーヒバー鳴いているイメージだったけど。
ピノキオの映画からの抜粋でしかないけど。


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しかもでかい!大小様々あれど、小さいのだって大の大人が乗ってもまったく足がつかない。
大きいロバともなればもう馬並みのド迫力。
大人がまたがれば下手すりゃ50ccバイクのゴリラやモンキーに跨る熊みたいな間抜けな姿になってしまうんじゃないかと思っていたのに…。




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と、私がロバに対して勝手に感心している間に、他のおじさんが私が乗るロバをどこからか引っ張り出してきて、
「おうチビちゃん!これ乗れ!」
とジェントルにエスコートしてくれました。
チビは余計でい。

で、そんなわけで初体験のロバ乗馬(乗馬?)なんですが、とにかく思った以上にロバが大きかったため、かなり視線が高くなる。
しかも適当に伸びているあぶみに足を引っ掛けようとしてみるも、どうやらあぶみの紐が長すぎて
足が届かない。
おいおいおっちゃん私の事を堂々とチビ認定したからにはちゃんとコンパクトサイズのロバをあてがうとかせめてこのあぶみの位置を調整するとかしておくれよ。
とおっちゃんに文句を言おうとしたら…

「乗ったな、よーしそら行けーー!」


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ロバ出発。

手綱もないまま。
あぶみに足が届かないまま。
さらには先導してくれる人も誘導してくれる人も居ないまま。

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ただ野放しにされただけのロバ達は、ジグザグの坂をさらに右に左に蛇行しながらも、一応各々頂上を目指し始める。

しかし途中で止まるわ他のロバの毛づくろいを始めるわ、あるいは道の脇にある草をゆっくり食べ始めるわと、完全にフリーダムなロバ達。
困るのは上に乗っている、6ユーロ払って跨っている観光客の皆様。
ロバの操作方法など殆どの人が知るわけもなく、そして知っているとしても手綱もない状態ではほぼ無力。
しかたがないので各々それぞれのお国の言葉で
「ほーれ行け!行け!」だの声をかけたり宥めたり。

一応、集団の最後尾をロバ飼いのおっちゃんが竿のようなムチのような棒でペシペシ遅れたロバのお尻を叩きながら追い立てるため、流石に前に一歩も進まないって事はありませんでしたが、
それでもみんな急な階段をのんびりペースで登っていくロバさんの上でオロオロキャッキャと戸惑いつつ、でも全員変な体験が出来てちょっと嬉しそうな妙な一体感をまとった集団となって一路絶壁の頂上を目指しました。


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慣れてくると景色も見られて気分が良い。

人よりは速いペースで、でも10分15分と長い時間をかけてポックリポックリ。
スイッチバック式の道なため同じような景色を何往復もするわけなんですが、
階段を上がるごとに少しずつ少しずつ海が遠くなり、代わりに崖の上の村がちょっとずつその姿を表していく。
なんだかファンタジー映画の世界の一人になったような、自分が流浪の民の一人になったような不思議な感覚でした。
ロープウェイなら2分の距離を、15分もの間RPGのような世界に引き込んでくれたこのお得体験。
皆さんもサントリーニ島に船で来た際には、是非ともこっちのロバタクシーの方をおすすめします。


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ロバと道と街。哀愁があってちょっといいじゃないの。




※次でティラ島のフィラの中を見ます。


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ハネムーンクルーズ日記8(三日目・ギリシャカタコロン船内) - 2011.12.18 Sun

カタコロンでのんびりしたギリシャ散歩も謳歌して、無事本日の寄港地散策も終了です。
さあ、船に戻ったらお夕飯です。
そして、今日のお夕飯はいつもとちょっと違うのです。


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それは今夜のディナーが『ガラディナー』と呼ばれているから。
ガラディナーとはGala Dinner。
本来はクリスマスイブや大晦日などの日のディナーをそう呼ぶらしいのですが、この船上では『フォーマルな服を着てご飯食べる日』の事をガラディナーと呼んでいます。
つまりはおめかしの日。

一週間とは言え毎日同じ時間、同じ場所での夕飯ってのは確かにちょっと味気ない。
仮に一週間なら問題なくても、2週間やら1ヶ月、はたまた世界一周ともなればいくら船好きでも辟易してしまうかもしれません。

そこで船側も、毎日毎日何がしかのプチイベントを盛り込んで少しでも飽きない工夫をしているようです。
そしてこれもその一つ。

他にも、「今日の服装はみんな『白』で宜しく!」といったちょっとしたレクリエーション感覚の依頼があったり、
はたまた「今日は『イタリアデー』にするからみんな赤と緑と白(イタリア国旗カラー)の服で来てね!」
といった、前日に伝える割にはあまりにハードルの高い服装指定もあったりしてなんだか面白い。

そしてそうでなくともディナーは「ジーパンでは来ないでね」と明記される程度のカジュアルフォーマル仕様。
おかげで今までの旅行には無いくらいに服が荷物の幅を利かせていました。
まあ、これもクルーズの楽しみの一つらしいので大いに結構ですが。


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お陰で滅多に着まわせない結婚式用の服とかも晴れて日の目を見る事に。

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そしてテーブルのセッティングもメニューの用紙もそこはたとなく高級な仕様に。
そういえばレストランで働くウェイターさんとかも、ガラディナーの時にはいつもよりさらにビシっと決めたウェイター服で、イタリアデイの時は赤いベストに緑のエプロンで、と細かく変わっていた気がする。
いやはや本当に手が込んでらっしゃるなあ。


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そしておめかしするのは船内スタッフさんも一緒。
そんなわけでご挨拶に来てくれた日本人スタッフ真央さんと2ショット。
乗り込んだ日本人観光客を一週間で次々ファンにしたスレンダー美人でした。


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さあて優雅なディナーが終わった後は、船内にある一番大きな劇場に集まってガラパーティです。


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普段は有料なスプマンテなんかもお洒落なフィンガーフードも頂いちゃいました。
多分こういうところでは紳士淑女はガバガバ飲まないんでしょうが、あいにく淑女で無い上に有料ドリンクにあまり手を出せずにいた身分こと私、当然のごとくおかわりまでせがみに行きました。
だって美味しかったしねえ。


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そんな私の意地汚さが露呈している頃、
ステージ上ではピアノの弾き語りが行われており、気づけば腕に覚えのある熟練カップルたちが見事なダンスを披露していたり、
若いパパが小さなレディを肩車してクルクル回ったりしていました。

あらやだ素敵。
これは是非とも参加したいわ。
ねえ参加したいわ。
したいわってば。

ゴードン「嫌です」
もの凄いハキハキと断ってくるゴードン。
だが折れない酔っ払いこと私。
実力行使とばかりに腕を引っ張り揚げたり背中を押したりでどうにか立たせようとするも、
このゴードンちっとも動かない。もう手だれの柔道家のごとく動かない。これぞまさに山の如し。
え、ゴードンこんなに力強かったっけ?
ゴードン「火事場の馬鹿力」
……こんなつまらん事でつかわんで欲しい。


で、結局腹の虫が収まらないこの酔っ払いは、ディナーの時にいつも一緒なご家族のお父さんと躍らせて頂きましたとさ。
むーん不完全燃焼。

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その後、この船の船長であるカルミネ氏が側近を紹介しながら登場し、7カ国程の言語で「ウェルカム」的なスピーチをしておりました。

ポルトガル語辺りからカンペを読み読みでしたが、日本語もそれなりに頑張ってくれてたカルミネ船長。
最後に皆で持っていたスプマンテを高く掲げて「乾杯」
その後は毎日変わるディナーの後のステージショー(今日は歌手の一人オンステージ、昨日はロシアントリオのアクロバットショー)が行われていたのですが、いかんせん眠かったのでこれにて就寝。
明日はいよいよサントリーニ島です。


PS
そう言えば、この日カタコロンに降り立つ前の午前中、甲板には色とりどりのゴージャスドレスが飾られていました。

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どうやら3日後の夜に行われる『船上ヴェネツィアンカーニバル』に参加するための衣装を貸し出している様子。
出航地であったヴェネツィアで行われる煌びやかな仮面とドレスで有名なヴェネツィアンカーニバル。
本当は12月半ばに行われるものですが、それはそれとして船上のイベントの一つとして企画されている模様。
しかし本家には劣るでしょうが、この衣装なかなかゴージャス。
しかもレンタル代がカップル合わせて45ユーロという驚きの価格。


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毎年のハロウィン仮装に軽く1万程度を突っ込んでいる身としては驚きの価格。
もちろんすぐさま予約。
その場にいたスタッフのお姉さんと「アレが似合う」だの「コレじゃ大きい」だの言いながらキャッキャキャッキャ選ばせてもらいました。


ゴードン「……?カップルで45ユーロ?」
うん、だから一緒にやってね?

ゴードン「ソロの価格は?」
ない。



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カーニバル当日をお楽しみに。



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ハネムーンクルーズ日記7(三日目・ギリシャカタコロン) - 2011.12.12 Mon

イタリアのバーリ(というかアルベロベッロ)に別れを告げ、
寝て起きたらもう次の寄港地に到着していました。



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部屋の窓からの景色。
移動するのに寝ているだけでいいなんて、今更ながら船旅ってなんて楽なんでしょ。
しかも一週間泊まる場所は一緒なため、荷物のパッキングだって毎夜考えずに置きっぱなし。
いやあこりゃ楽だ。


さて、そんなわけで初めてのギリシャの朝~~


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…の前に、時差調整をしましょう。
イタリアとギリシャの間には1時間の時差があります。
前日の夜中にでも時間を一時間早めておきましょう。
ちなみにもう一つの寄航国であるクロアチアはイタリアと時間が一緒です。



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そしてこれがカタコロンの大地です。
嗚呼、空が青い…。
ギリシャに来てからなんだか桁違いに空が青い。
ついでに海の青さも今までに無いぐらい濃い。
荒れる日本海と南国ビーチの色が違うのは知っていたけど、この青さはなんだか想定外。
そういえばイタリアのカプリ島に行った時にも海の青さにびっくりした記憶がある。
ヨーロッパの海って青いのか?
そういうもんなのか?


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そんな海と空の色にカルチャーショックを受けながらギリシャ観光の始まりです。


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そもそも、この寄港地であるカタコロンなんですが…、
このカタコロンという地名、あのGoogleマップさんにかけてもまともにヒットしない程に、なかなかマイナーな土地のよう。
唯一この村の名前が出てくる時、それは『オリンピア遺跡の最寄の村』という紹介文の中です。
オリンピア遺跡とは現代に続くオリンピック発祥の地と言われている遺跡で世界遺産。
つまりこの港はそのオリンピア遺跡に行きたいがためだけに寄航するための村のようです。
というわけでココでの観光のメインは当然オリンピア遺跡。
一も二もなくオリンピア遺跡です。
なんですが……。

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前日夜に回ってきた航海連絡網によりますと、
『なんだか色々あって(9割ストライキのせいで)、オリンピア遺跡の中に入れません。でもツアーに参加する人は外から遺跡の全景は見られるよ』

との事。

ああそうだ、
そう言えばちょうどこの頃、ギリシャでのストライキデモが一番佳境を迎えている所だった。
なんか船の中が平和すぎて忘れてた。
今回のクルーズの寄港地の中で、この遺跡だけがなんと言うか一番公的(?)な施設なため(後は入場料の要らない島だとか人の家の外観とかが見所だから)、それが不幸な事にこのデモのあおりを受けて公開不可となってしまったようなのです。

あらまあ残念。
…、まあ、とはいえこの船に参加しているのはその大半がストライキ関係になれていらっしゃるヨーロッパの皆様。
特に目立って騒ぎになる事も無っていませんでした。
そして我々に至っては最初からオリンピア遺跡に興味が無く、行く予定も無かったため到って関係なし。


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さあそんなわけで、予定以上に人口密度多過な『オリンピア遺跡に近い村』改め『オリンピア遺跡にいけなかった人が適当に時間を潰す村』カタコロンを散策開始です。


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カタコロンの全容は、まず港の入り口から伸びる400メートル程度のメインストリート。
両脇には観光客向けの土産屋がひしめいていて、通りをまたいだ海側にはカフェとレストランが軒を連ねています。

以上。


以上です。
いや、たぶん住民たちが住む住宅街とかはまた別にあるんでしょうけど、見る部分としては本当に以上。本当に本当に小さな村です。

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そして建物がすべからく古くてボロい、でもカラフル。
雰囲気としては完全にカリブの海賊のロケ地。
でも売ってるお土産はかなり俗世臭い。


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ただしその雰囲気も含めてなんだかいい感じで、思わず露天に出ているペラペラの服とかちょっと買いたくなってしまう。


しかも、さっぱり分からない覚悟で挑んだはじめてのギリシャ語会話なんですが、国も近く、またこうしてひっきりなしにイタリアンな船が停泊してイタリアンな客人がやってくるせいか、
店のおじちゃんおばちゃんたちがすんごい流暢にイタリア語を操っていた。

予想外。

そういえば昔イタリアの大学にいた時に出会ったギリシャの男の子も、滞在期間1ヶ月の癖してもんの凄い良く喋っていた。
ギリシャでイタリア語を学ぶのは結構メジャーなのかしら。
それともギリシャ人にとってイタリア語ってかなり楽な感じの言語なのかしら。

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というかギリシャの文字が読め無すぎる。
多言語を学ぶ時には、アルファベット以外になるとそれだけでエクストリームモードに突入するんだなと身につまされました。


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写真左にある『レンタルバイク』の看板を見て突然「バイクに乗りたい!」と騒ぎ出すゴードン。
だが私はどちらかと言えば右の馬車の方に乗りたい。あと国際免許持ってきてない。


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じゃあまあお昼でも食べましょうかね。
メインストリート歩き切っちゃったし。往復しちゃったし。

というわけでギリシャでのランチ。まったく前情報がなかった上に初めての国で多少浮かれていたため、
「えーい見た目で勝負じゃい!」
とばかりに見渡す限りの中で一番見晴らしの良い店に入ってみることにしました。

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そしたらそこからの眺めがこう。

青い海と青い空。でんと構える我らがコストフォルトゥーナ号。
店のインテリアも全てこの白と青の組み合わせで、なんとまあ素敵過ぎる眺めじゃないの。
なんなのよこの景色。楽園か?


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そして出されたメニューは写真付きでメニューが読めなくても大丈夫。
あと安い。
普通ならこのとんでもないビューにかこつけて相当な値段をふんだくってもいい気がするんですが、ここは極めて良心的。
恐らくギリシャな上にこれだけ小さな村なためか、旅を終えて振り返ってみればここが一番物価が安かった。
なんだそれならもっとここでお土産とか買っておくんだった。

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そんなわけで頼んだギリシャの地元ビール。カラッとした大地に冷えたビールはよく合う

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こちらは有名なギリシャ料理、スブラキ。羊などの肉に香辛料をまぶして串にさして焼く、ギリシャ版焼き鳥(羊だけど)のようなもの。
これが香辛料の味も程よくて美味しかった。

うむ。ご満悦。ギリシャは料理が美味しいのかもしれないな。
特に癖もなく、誰にでも愛される美味しい料理たちに大満足。

……と、ここまでは調子が良かったんですが、

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こちら、テンション上がって頼んでみたギリシャの酒、ウーゾ-Ouzo-。

なんかこれが有名な酒だと店員さんに言われたもんで飲んでみたんですが、これがまあ……

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いつもニコニコポーカーフェイスのゴードンがこんな顔になる程度のお味でした。

なぁ~~んというか、あれです。ニッキ水とかハッカとかそんな系統の味が満載された、
正直日本人には馴染みが無い、というか苦手な人が多いそんな感じの味です。

調べてみれば、どうやらアニスというハーブの一種が入っているらしい。
これが口臭を防いだり消化を助けたりといい効能を持っているそうなんですが、
そう言われても初めて味わうこのお酒は、どちらかというと「飲むハーブ」と言うより、「食べられるブルーレット置くだけ」といった感じ。
申し訳ないが二人で一口ずつ飲んだ後はそれ以上続かず、静かに机の真ん中に残して席を立ってしまいました。

向かいの席にいた地元っ子のおじいちゃん四人(全員当然のようにウーゾをガバ飲み)に指さして笑われる程に大悶絶した思い出深い味、ウーゾ。
飲めば必ず語り草になる程パンチの聞いた味なので、そう言った意味でも、もし機会があれば一度試してみてください。


ちなみにこの後腹ごなしに三度400メートルの商店街を歩いた後、海岸沿いの素敵なオープンカフェでオシャレにコーヒーも頂いて見ました。

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ただし、ここでもギリシャ名物と言われた『ギリシャコーヒー』を頼んでしまったからさあ大変。


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再び口の中が大悶絶。
思わずカップの中身を海にぶちまけそうになってしまった。


なんでコーヒーでこんな目にあっているのかと言うと、その理由はこのギリシャコーヒーの作り方。
なんと普通のコーヒー粉を鍋に入れ、そのまま火にかけて鍋のお湯が沸騰したらカップに移して出来上がりという男らしいにも程がある作り方なのです。

おかげで一口飲むと口の中にまんべんなく広がるジャリジャリ感。
本当はしばらく置いて粉が沈殿するのを待ってから「上澄み」を頂くらしいのですが、
そのお作法も知らずに飲んだらあんなざまになったというわけです。


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その後、沈殿するのを待ってどうにか飲めたカップの中身。
なんか、雨の日の花壇を思い出した。


料理に関しては言うことなし、ただし飲み物に関しては色々思うとこアリ。
今のところの私のギリシャ評価はこんな感じです。

ああ、口がジャリジャリ……

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ハネムーンクルーズ日記6(二日目・アルベロベッロのトゥルッリ後編) - 2011.12.08 Thu

引き続きバーリです。
私はホビットさんのお家で慎ましやかに暮らすことにしました。
めでたしめでたし。


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といきたかったんですが、お邪魔したお宅にはなんだか偽者臭いピカチューさんが先に居座っていらっしゃいました。


…なんすかこれ。


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さて、そんなこんななバーリ(正確にはアルベロベッロのみ)観光なんですが、
実はこの日だけは他の観光日とはまったく違う点があるのです。

それは、この日が唯一のツアー観光であると言う事。

かゆい所に手が届くコスタクルージングの豊富なプログラム。
船内にエステもあれば、各寄港地で行われる船主宰の観光ツアーだって大充実です。
それこそ見所だけを的確に抑えたスーパーダイジェストプランから、現地でカヌーに乗ったり崖を登ったりなアクティブ路線まで様々。

とはいえ基本的には現地を歩くだけでも十分魅惑的な観光体験になるので、そんなに必要でもないかしら。
とも思っていたんですが、
今回のバーリからアルベロベッロへと出向くアクセス方法が調べれば調べるほど面倒くさそうでしょうがなかったので(休日は運休するレベルのちんまい【市鉄】に揺られて1時間少々/乗り換えアリ)、
この日だけはおとなしくツアーバスに乗っての観光となりました。
最悪うまく帰り損ねて船に置いてけぼりをくらったら、目も当てられないですからね。
それくらいに、イタリアの鉄道は信用が薄い。


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という訳で前日に手に入れたツアーチケット。「ENG」という文字はイングリッシュの略。
ガイドさんがイングリッシュでガイディングしてくれるというコースです。

他にも、もちろん本国イタリア語に加え、ドイツ・フランス・スペイン語と結構手広く網羅されていて、乗客たちにも優しい。
今回我々二人ともどもわかる方がいいだろうということで英語ガイドを選びましたが、
当日バスに乗り込んで見ると人数の調整上、半分がイングリッシュ用のお客さん、もう半分がスパニッシュ用のお客さんの合同グループになっていました。
ま、とは言え一緒なのはバスの中だけで、現地に付けば少人数で英語用ガイドさんを独り占めです。


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そしてツアー特典で村の入口にあるレストランでワインの無料試飲(というかまるまる一杯分)を頂く昼下がり。

これに加えてお皿一杯分のパスタもドドンとサービスされていました。あいにく我々は船上でご飯を終えてしまっていたので頂きませんでしたが、試食と言いつつ、日本のお子さん辺だったら十分お腹が一杯になれるぐらいのボリューム。
しかも最後の方はおかわり自由になっていた。

いやあ太っ腹なツアーだ。


正直、今までの旅行でツアーを選んだ事は殆どないんですが、これはこれで成程個人旅行よりも良い事だって沢山あるんだなと感心。
時間・ペース配分の自由は確かにありませんが、この土地を良く知っている人たちの手馴れたガイドは実にスマートで効率が良いですし、一人で歩くだけなら通り過ぎてしまうだけの建物も、歴史や構造、時代背景まで事細かに説明してもらうと、一気にその土地に対する理解も増えますし、また愛着も湧いてきます。


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付けて加えてガイドさんが超美人とくればもう文句なし。

ビバ、ガイドツアー。
(写真奥にいるのはこの美人にほだされて家の中を見せてくれた偽ピカチュウの持ち主のじいちゃん)



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さあワインで一息付いたらば、今度は住宅街を離れて反対側にある商店街に行ってみましょう。

写真に映る方面のトゥルッリ達は、その殆どがただの観光用施設としてだけに使われているんだそうですが(お土産屋さんとかが主)、それでも俗世臭くならず、また活気があって違う面白さです。

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アルベロベッロと言われて一番撮られるこの5つの家はこっち側に建っています。
どちらかと言えば、こっち側の方がこのように屋根の上にマークを描いたりしていて結構派手。

他にも、

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よーく見るととんがり屋根のてっぺんがちょっとずつ違っていたりしてまた面白い。


このてっぺんの形、ワザワザこんな風にして一体どんな効果があるのかと言うと……



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ワイヤレスブロードバンドでインターネット接続!


………なぁんて事はなく、


一説にはそれぞれの家を作った大工さんのマークだとか、自分の家を間違えないための印だとか、はたまた古代の財宝の謎やらなんやらかんやら。
つまりは、いまいちはっきりしていないんだそうです(屋根に描くマークも同じく)。

あまりに古すぎて、そしてあまりに今でも普通過ぎて謎が謎のままでしか存在しない不思議な土地、アルベロベッロ。



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「アルベロベッロは今でも沢山の人がいる『生きてる街』なのよ。ポンペイみたいに遺跡になった訳じゃないんだから、あるがままに暮らせば良いだけよ」

アルベロベッロ生まれ、アルベロベッロ育ちの美人ガイドさんはそう言っていました。

たとえ家が丸くて狭くて窮屈でも、
そもそもなんでこんな形の家が生まれたのかが地味にわからなくても、
太古の人が残したっぽいマークが自分の家に乗っかっていても、
それはそれとして自分の毎日をおくればいい。


こののんびりとした世界的財産の受け止め方が、実に南イタリアらしくて気持ちが良かったです。

ナポリ辺りからだと多分一日がかり、普通のイタリア旅行としては中々プランに組み込みにくい場所になるかも知れませんが、この丸々としたトンガリおうちの世界は非常に居心地のいい場所でした。


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道路の真ん中でのんびりと行き倒れる犬を見て、アルベロベッロ観光終了です。


ps.
そう言えば、この日船から帰った後、夕飯の前に非常に大事なイベント(強制参加)が催されました。
それは【避難訓練】です。

航海中一度は訓練をする事が義務づけられているそうで、この日の未明、夕飯前頃に突然警報が鳴り、日本語も含む7ヶ国分の避難メッセージが矢継ぎ早に放送されます。

その時、当の3000人超の乗客達は何をしなければならないかというと…、


1、まず自室に戻る。

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2、クローゼットの下にある自分たち分の救命胴衣を引っ張り出す

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3、かぶる

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4、紐でしっかりを体を固定し

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5、甲板までダッシュ。


そうして甲板に集合した乗客が、全3,470人に達しない限り、この訓練は終わらず、そしてディナーも御あずけ。

結局それだけの規模の人数でありながら、思ったよりもすんなり事は進み、2,30分で無事訓練は終了。さほど長い御あずけもくらわずに、今日もディナーに有りつけましたとさ。
ま、とはいえ今までもこれからも、本番が来ないことを切に願いたいもんですな。


※次回はいよいよギリシャに到着します。


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ハネムーンクルーズ日記5(二日目・アルベロベッロのトゥルッリ) - 2011.12.06 Tue

さあ、ずいぶんと長い間日記を更新していませんでした。
一応ハネムーンについての日記を書くつもりが、
気づけばもう2ヶ月ぐらい経っちゃってるじゃないですか。
これは大変。
記憶が燃え尽きる前にさっさと話を進めましょう。

というわけで、ハネムーン3日目、船上生活2日目の朝を迎えました。



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こちら、朝の甲板です。


朝です。午前7時です。ちなみにこのときまだ10月です。

緯度やら軽度やらの問題で、夏は日本より日が長く、冬は日本より日が短いここヨーロッパ。
おかげで朝の7時だというのに夜中の3時みたいな真っ暗っぷりです。
ちなみに何でそんな時間に起きてしまったのかと言えば、
まだ時差ぼけが直りきっていないのと、そうでなくとも常に早起きなゴードンが一緒のため。
あとはまあ初めての船旅というのに必要以上にワクワクしていたというのも理由の一つだと思います。

ちなみにこの日の日の出は航海予定日誌によると午前7時35分。

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こちらが航海予定日誌。
次の日の分が前日夜に部屋まで届けられ、中には船内のそこかしこで行われるイベントの紹介や『本日のお買い得商品』の紹介まで事細かに記載されている毎日見ごたえのある日誌です。


ふ~む7時35分か。
つまりもうすこししたら船上からの日の出が拝めると言うことだね。


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というわけで、記念すべき初朝食を頂きながら日の出を待ってみました。

日の出が見える左舷の窓際に陣を取ると、そこには同じく時差ぼけで思いのほかさっぱり起きてしまったアジアンなお客さんで大量でした。


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そして初めて見た、船上からのご来光。
見渡す限り海に囲まれて、燦然と輝くお日様が顔を出すのも海、照らすのも海。
今までは島すらもなかったから、灯りも一切無かった眼下に出てきた、おてんとう様の存在感はかなりのものでした。
いやあパワーみなぎるとは正にこの事。
寒いけどね。


blog_import_515d04b1536abのコピー

ご来光にテンション揚げて甲板に出たはいいものの、寒すぎてじっとできずにラジオ体操を始める図。


一応、今回のルートとしては出発地点であるヴェネツィアが最北端。
とはいえやはりここは冬の厳しいヨーロッパですし、寒風吹きすさむ船上です。

シーズン真っ盛りの夏辺りのために設置されているらしき、甲板のどでかいウォータースライダーやらプールなんかも、一応水が張られていつでも入ってよしと言われてはいるのですが、
言われたところでちょっと入る気にはさらさらなれません。
だってこちとらダウンジャケット羽織ってるくらいなんですもん。
入ったらきっと唇紫どころじゃすまなそうなんですもん。




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と、思っていたら…、
大人用15メートルプール(もちろん外)では朝の8時頃からロシアンな感じのおじいちゃま2人がのんびり背泳ぎなんぞしていましたとさ。

……寒中水泳?
それともご老人方にとっては、この気温は『適温』扱いなのかしら?

いやあ世界は広い。

さあそんなこんなで世界との壁を感じてみたり船内探検隊を結成してみたり迷ってみたりしているうちに、あっという間にお昼近くになってしまいました。


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そして改めて甲板に出てみたら、既に一つ目の寄港地に接岸済みでした。
最初の寄港地は<Bari-バーリ->
ヴェネツィアに次いで二つ目の、そして寄港地としてはいきなり最後のイタリアです。

バーリはプーリア州の州都であり、同時に南イタリア2位とも言われる人口数を誇る大きな港町です。

ブーツ型のイタリア地図で言うところの、ちょうどくるぶしからヒールまでの部分がプーリア州。
バーリはそのど真ん中辺りです。
読み方も標記もインドネシアの楽園Bari島とまったく一緒ですが、まあそういわれても今更互いにどうにも出来ないため、ここは気合でどっちか理解してください。

で、このBariでは何が目玉かと言われると…、

……正直、Bari自体は大した観光スポットではありません。


もちろん歴史ある町なので綺麗な建物なども沢山ありますが、
どちらかというと今も昔も貨物船などの玄関口だったり、南イタリア住民たちのベッドタウンであったりするために、降り立った港も綺麗ですがかなり近代的。

砂浜の代わりにテトラポットが積みあがり、避寒にやってきたセレブリティたちの代わりにタンカー船からあがってきた三菱重工のマークが入ってそうなフルつなぎのおっさん集団とかが、カフェでビールをダラダラ飲んでいます。
多分その違いが、あっちのバリとこっちのバーリの違いなんじゃないかと。

しかしまあうーん、
正直記念すべき初寄港地としては、いまいち衝撃にかけるスポット。Bari。

ただし、ここはイタリア。世界遺産数№1を誇る観光大国。
ちょっと歩けばすぐにでもおったまげるような場所にたどりつくことが出来てしまうのです。
そしてそれはこの地Bariでも同じこと。

無数の洞窟住居がある事で知られているMatera-マテーラ-(世界遺産)もこの町が最寄です。
せっかくなのでこっちの世界遺産も見てみたかったのですが、
何せ滞在が半日しかなかったので、今回我々が選んだ観光スポットはもう一つの有名世界遺産だけ。
それが、alberobello-アルベロベッロ-のtrulli-トゥルッリ-です。

アルベロベッロのトゥルッリ。なんだか舌が余ってはみ出てしまいそうな名前の連続ですが、
このアルベロベッロのトゥルッリこそが、恐らくプーリア州1の世界遺産スポット。
トゥルッリと聞いてぴんとこない人でも、たぶん今までに一度ぐらいはトゥルッリの姿を写真かCMなどで見たことがあると思います。


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これです。
トゥルッリです。

トゥルッリの語源は太古のラテン語にまでさかのぼるらしいのですが、「一つ部屋・一つ屋根」といった意味で、つまりはちんまいあずま家の事(ちなみにアルベロベッロは「美しい森」と言う意味です)。

このトゥルッリは、なにもココにだけしかないわけではないらしいのですが、
それでもこの地区が世界遺産となったのはその歴史的建物が綺麗に残っている事と、その数。


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こうもトゥルッリまみれな地区というのは流石にアルベロベッロにしか残っていないんだとか。

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いやあ何だこの光景。ロードオブザリングのホビットさんの村々ってこんな感じじゃなかったか?
ロケ地か?ロケ地なのか?


驚くのは、この世界遺産はまだバリバリの現役で、ほとんどが観光客へのお土産ショップになったりしていますが、住居地区では普通に人々が生活していると言うこと。

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玄関先に、当然のようにcoopのチラシが届くように、この住居では人々が当たり前に暮らしているのです。


まあ、かく言う私もシエナに住んでいた時にはばっちり世界遺産地区に住んでいた輝かしい(?)経歴を持っているわけなんですが、それでもあそこはまだちゃんと「家」だった。
こんな夢と魔法だけを先走らせて創作しちゃったような非現実的な形じゃない。

フォト

ちなみにお邪魔させていただいた室内はこんな感じでした。
うむ。中も非常にファンタジック。

どっひえぇ~~。





※続きます



○おまけ○

フォト

トゥルッリのおうちの中にいらしゃったホヤホヤの赤ちゃんネコ。


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Author:ジール
出版社で仕事をした後イタリアに住み着く。
その後帰国し所帯を持ってからは映像編集の仕事に従事中。
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